戦場のニーナ細木数子さんが「読むべき本」とおっしゃっていたから、気になっていた本だったのです。
ですが、戦争物は、だいたい感動するのはわかっているし、戦争はいけないものだと思っている。
私が今、読む必要があるのかな?
戦争をテーマにした本に対して、そんな風に考えていたけれど、読んでみると、面白くて寝不足になるほどでした。
この本の主人公ニーナが、生涯を通して思い悩んだ疑問。
「私は、誰なのか。」
日本人なのか、中国人なのか。
父親は誰なのか、母親は誰なのか。
どこで生まれたのか。
自分は何才なのか。
普通の人間であれば、知っていて当たり前のことを知らないで生きること。
それが、こんなにも辛いものだというのが、この本を読んでわかりました。
あとがきに、モデルになった方の名前もあったので、事実をもとに書かれているようですが、この本の内容のほとんどが本当にあったことだと思うと、背筋が凍る思いです。
そして、恋愛物として読んでも興味深く、性描写も精神的かつ、リアル。
ニーナは、ピアノを弾いていて、その恋人は、指揮者なのですが、その恋人の言葉は、とても芸術的で印象に残りました。
「ワルツを演奏するということはね、踊る男女のようにぐるぐるとかぎりなく回りながら、らせん階段を上っていって、ついには真っ青な天にまで上りつめるということなんだよ。
人間が神にもっとも近いところにまで達することなんだ。
無限なる円を描いて回りつづけ・・・。」(引用)
音楽家にとっては、恋愛でさえも音楽で、音楽でさえも恋愛のような快感を得ることができるのしょう。
恋をしている人の気持ちを、こんなにも深く描写している本は初めてです。
恋をする人の精神も、肉体も描ききった作品だと思いました。
恋愛をするということは、どういうことか、なかなか、言葉で言い当てるのは難しいと思いますが、なかにし礼さんの文章は、その真髄を得たものだと感じました。
「恋愛」とは、「他人には絶対知られたくない心の傷を見せあうこと、他人には絶対に触れられたくない身体の部分を触れてほしいと願う心」なのではないかと、自分でも確信しました。
そして、人生とか人間って何?
生きることって意味あるの?
という素朴な疑問の答えを、この本は示してくれるように思います。
ニーナが、落ち込んだとき、孤児院の先生がなぐさめます。
空のお星様に例えて、宇宙の一部分である人間にも、あんなにきれいなものがあると。
幼い頃に、実の父母は戦争で死に、養父母に2回も捨てられたニーナ。
誰からもいじめられて、みにくい人間の姿ばかり見てきたニーナ。
そんなニーナに希望の光を与えた、その先生の言葉は、私の心にも響きました。
全然、この本とは話が違ってしまうかもしれないけれど・・・
例えば、ゴミをたくさん捨てたら、自分の所からはなくなってスッキリする。
けれど、宇宙の中にある地球の、そのまた日本は、汚れて・・・
川が汚れると、飲み水は、まずくなって、結果的にそれを飲んだ自分が病気になったり・・・
結局、
「自分も宇宙とひとつなのだ」
ということなども、考えてしましました。
空の星のようなきれいなものの反対にあるのが、汚いゴミかな〜と連想してしまいまして。
私の1番好きな映画「コンタクト」にも通じる、
「宇宙はひとつ、人間もその宇宙のひとつだから、自分ひとりではない。どんな人間も、孤独ではないのだ。」
というような考え方。
その考え方が、この本にもあると思いました。
最後に、「なぜ、細木数子さんがこの本をすすめたのか」について。
細木さんは、よく「先祖を大事にしなさい。」とか「日本人として、こうするべきだ。」などとおっしゃるが、そのことを、この本の著書なかにし礼さんは、また別の角度からおっしゃっているように感じました。
今まで、自分が日本人だということを「知っている自分」に、何のありがたみも感じていなかったけれど、それが、どんなに幸福なことか。
自分の父母が誰かを「知っている自分」が、なんと幸せ者か。
そんな基本的なことを深く考えたことがなかったが、それに、日々、感謝すべきだと細木さんや、なかにしさんは言いたかったのかもしれないと思います。
もちろん、「戦争は、人を不幸にする。」というメッセージが根本にはあって。
長くなりましたが・・・とにかく私もこの本「戦場のニーナ」
「良い食べ物は、血となり肉となり、良い本は、心や思考力を育てる。」と誰かが言っていました。
そういう意味も、戦場のニーナ

